お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

    “不思議ふしぎな大冒険? ”



     3



 《 キュウ兄ィニに逢いたいの。》

そんな一途な想いから、
モクレンの根方の空洞を通り、冬のカンナ村の鎮守の森まで。
単なる遠出ってだけじゃあない、
恐らくは深く降り積もっているだろう
大雪という障害さえ何のそのとする意気込みで、
単独で駆け出した小さな仔猫の久蔵坊や。
辿り着いた祠のお外は、やはり分厚く深い雪に埋もれ、
森の木々の色合いさえ白か黒かへ塗り潰されていたのだけれど。

 『…あ、やっぱりだ。何でいるの、久蔵。』

こんな偶然があっていいものか、
たまたま付近を通りかかったらしい当のキュウゾウくんが
ここだよーという坊やの必死の声を聞き付けてくれたようで。
奇跡と感動の再会を演じておいでだったのを、
よかったよかったと
祠の戸の陰で見守っていたもう一人の来訪者。
こちらさんもまた、普段日頃は愛らしい仔猫の姿でいるものの、
その実、とある本性を人からは隠している存在のクロ殿で。
幼い身のままな久蔵が、
大雪の中で迷子になっては一大事とついて来ただけ。
この分ならば大丈夫かなと、
彼としては 後はこちらの方々に任せ、
自分は踵を返そうかとも思っていたその鼻先へ、

 『そこに隠れておるのは、ではどちらかな?』

警戒という意味からの“気殺”こそしてはなかったけれど、
それでも気づかれぬようにというレベルで、
ちゃんと息は殺していたのにね。
キュウゾウくんのお連れ、
こちらの世界のカンベエ殿からそんなお声を掛けられてしまった。
それはそれは存在感のあるお人で、
不審な相手ということからか、
それまでは押さえておられた気迫もやや解放してという
押し出しの厚みを察知し、
ありゃりゃあと面食らったのも束の間のこと。
本当は結構な意気地を持つ 大妖狩りの久蔵が、
だがだが 今は幼子のままであるように。
自分もまた本性は隠していての、
安全無難な“仔猫”という姿のままだからと。
下手に取り繕う必要もなかろうと思ってのこと、
にゃあとのお返事をしつつ、
祠の古ぼけた格子戸の陰から姿を現したところが、

 「…………だ、だれ?」
 「にゃ、にゃにゃあうみゃあっ。」

兄弟分なはずの久蔵からして
驚いて傍らのキュウゾウくんへとしがみついており、
そんな反応へ、キュウゾウくんもまた
知らない人なんだねと、小さな久蔵坊やを庇う構えになっており。
そんな子供らをこれまた庇うようにして一歩踏み出し、
腰の刀を鞘ごと掴むと、その鯉口へ親指を立てるという、
いつでも抜き打ち出来るぞという
臨戦態勢に入っておいでの壮年だったのへは、

 「え? え? え?」

その人性と腕のほど、佇まいからでも察せられていただけに、
そんなお人からの敵意を向けられて、
ややもすれば暢気に構えていたクロの側とて焦るというもの。

 “いやいやいやいや、ちょっと待って。”

あ・でも、
口に出しても“にゃあにゃあ”としか
言えてない自分かもと思ったのと。
そんな余裕があったくらいだから まだまだ瑣末なものながら、
それでも“焦り”を抱えた視野の中、
あり得ないものがあったのを見てしまったのとがほぼ同時。

  「    あれ?」

今の自分は“仔猫のクロ”だから大丈夫と見越した筈なのに、
視野の中に伸びている自分の手と腕はどう見ても、
大人の男衆の持つ、それなりの長さの腕と手じゃありませんか。

 「えええええ〜〜〜〜っ?」

もう片方も合わせた両手をあらためて見下ろせば、
やはりやはり人の手で。
もちょっと見下ろした自分の胸元も、
何やら衣紋をまとった人のそれ。
というか、視野の先には結構な高さもあって。

  あれれ、これってもしかして。

何がどうしてこうなったかは不明ながら、
こちらの世界では久蔵坊やが
誰にだけという限定なしにそう見える、
人の和子の姿となれたように。

 “…もしかして、人の姿になっている?”

だがだが、ではどうして子供の姿ではないのだろうか。
普段から仔猫という姿でいる自分だというに。

 “向こうとこちらと、コトの理りがそういや違う。”

自分と久蔵は普通の人間ではない存在。
そこは同じだけれど、
久蔵はその意識を
陽が落ちるまでという時限式できっちりと封じている身だ。
その違いが大きく影響しての、
結果、自分は内面年齢の姿になったということなのだろか。

 “……う〜ん。”

そんな混乱にある側と向かい合う、
もう片やの方々は…といえば。

 「………。」
 「…えっとぉ。」

自分の手や身を見下ろし見回し、
どこか愕然としているお兄さんなのへ、

 「………久蔵の知ってる人?」
 「にゃにゃう、にゃんにぃ。」

寒いからという以上、
助けて怖いのという意志もてのこと。
稲わらの簑の隙間へ身をすべり込ませるようにして、
キュウゾウお兄さんに横合いから ぎゅうとしがみついたまま。
小さな坊やが懸命にかぶりを振ったのへ、

 「そうさな、
  祠の道を行き来できるのは幼子だけだ。」

警戒色を微妙に深めたらしいカンベエが、
やや身構えを堅くしたのは、
その全身へバネをため、
いかなる場合へもあたれるようにと集中を始めたからに違いなく。
ぐんと厚みを増した気魄の大きさ重さには、
それが感じ取れる身なればこそ、

 “じょ、冗談じゃない。”

下手を打てば殺されかねぬと、
クロの本性、式という大妖さえ動揺させるとは、
まこと凄まじい御仁であったようで。
まま、後から思うに、
彼が仕える御主の勘兵衛と そこもまた似ていた気魄だったから。
それに自分の存在を左右される身としては、
こうまで浮足立ってしまったクロ殿だったのかも知れず。

 「ま、待って下さいな、カンベエ様。」
 「…何故、その名を。」

大慌てで体の前にて両の手を開いて振って見せ、
丸腰ですし敵意もありませんからとの意思表示をしつつ、

 「どう説明をしていいのやら、
  とりあえず…
  刀を抜くのは 私の話を聞いてからにして下さいませんか。」

そんな言いようをしていれば、

 「みゅう…。」

小さなその身をお兄ちゃんのキュウゾウくんへ
ぴとりとくっつけたままで、こちらを伺っていた仔猫の坊やが、
ふと、小鼻をすんすんと動かして見せて。

 「みゅう…にゃ?」
 「え?」
 「そう、気がついてくれたのかな?」

小声での呟きは、キュウゾウには通じる猫の言葉だが、
それがこちらの御仁へも通じているらしく。
切迫の中に僅かながらの光明得たりと、
慌てていたお顔へ安堵の気配が滲んでおいで。
そんな彼を視線で示しつつ、

 「みゃうにゃ、にゃにゃん、みゃう。」
 「………それって本当?」

当人も信じがたいことだからか、
依然としてお兄さん猫に半身を隠すように庇われたままながら、
久蔵が何かしらを言い立てていて。
そんな態勢のままながら、
でもでも、その表情からは警戒色はやや去っており。

 “その分、不審さが増しておるのだが…。”

カンベエ様、鋭い。(こらこら)
そんな風に腹の底にて思ったくらいだ、
この程度の空気の緩和くらいでは まだまだ警戒は緩めぬか。
節が立っての力強そうな親指を、鯉口へとあてがったまま、
傍らのキュウゾウへ、声でだけ問うたのは、
彼へだけは会話の中身が通じていなかったからで、

 「何と言っておるのだ。」
 「えと、クロちゃんと同じ匂いがするって。」

坊やの言葉は理解できるが、内容には彼もまた不審を抱いたか、
応じたキュウゾウくんの声もやや堅い。
久蔵が日々を暮らす世界にて、
数カ月ほど前に引き合わされたことがある存在。
最近彼らの家族に加わった
小さな黒猫のことだろなというのは判るのだが。

 「でも、さ。」

こちらのキュウゾウくんまでもが
そうと告げた久蔵と同じような、
眉を垂れさせての
何とも困ったようなお顔になっているのも仕方がない。
だってキュウゾウくんが覚えているのは、
久蔵との前脚同士での取っ組み合いでも
あっさりころんちょと負かされるほどだった、
そりゃあ小さな黒猫だ。
目の前に立っている、
ずんと上背のある男の人とは、
姿も大きさも何にも重ならぬのだもの。

 “フキノトウと握りバサミくらい、
  掛け離れてるもんなぁ。”

それって
どういうチョイスでしょうか、キュウゾウくん。
もしかせずとも依然として混乱中らしい
子供ネコのキュウゾウくんと、
そんな彼へひしっと掴まっている久蔵坊やとからは、
警戒警報発令中という態度で見つめられ。
そんな彼らを…その身で覆い隠すではないけれど、
地に足つけたという表現が当てはまろう、
そりゃあ重々しい気概を放つことで、
どこにも隙のない
余裕の防備を敷いておいでの壮年のもののふと。

 “誤解ですってのに。”

こんな人気のない森の中へ忽然と現れた、
しかも見ず知らずの人物なんだから、
不審な…と思われるのは仕方がないが。
通りすがりの誰へでも、
こうまで警戒するものでもあるまいに。
それとも そうと考えるのは、
現代の日本という極端なほど平和な土地に
長く身をおいていたがゆえの感化にあってしまったからで。
式という、ある種 武器や護具だというに、
生ぬるく鈍っている方が間違っているのだろうか。

 “などと、
  思春期の子みたいに唸ってる場合じゃない。”

中二病ですか…じゃあなくて。
ただ“お呼びじゃない?”なんて誤魔化しても
そのまま解放されぬかもしれない空気なのが
何とはなく察せられ。
とはいえ、本来在籍していた世界でも、
身の証しの立てようもない存在。
しかもしかも、どうしてだかは判らぬながら、
久蔵がようよう知っている姿でもなくなっているのだから、
仲良しのクロだよと言っても通じないのは、
試す前から明らかだしと来て。

 “〜〜〜〜〜〜、う〜んっと。”

どうしたらどうすれば。
相手を傷つけるつもりはなしとした上で、
ただただ危機回避のための方策は無いか無いかと
切迫したまま考えて考えていたクロ殿だったが。

 “………んん?”

やや降ろした視野に入ったのは
雪の白の上へと落ちた とあるものの影。
それを何とはなし見やっていて、
窮鼠猫を咬むじゃあないが、パッと浮かんだことがあり。
(いろいろと斜め過ぎる文章だぞ、もーりんさん。)

 「そうそう、そうだ。」

何を思い立ったのか、
クロ殿、背後の祠の格子戸へ
後ろ手にした手の先を延ばすと、
触れたそのまま左右へ大きく開け放つ。
何らかの像や札もないし、大して広くもないその祠の中、
数歩もない先の壁へまで後じさる。
どこぞかへ逃げ出すつもりなら、袋小路へ身を進めるとは真逆な行動。
何を企んでいるものかと、カンベエやキュウゾウらが見守る中、
向背のすすけた板壁へとんと背中を合わせたその途端、


  「……………あ。」


そこは、不思議な異世界へと通じている洞窟への
入り口がぱかりと開く場所でもあって。
但し、神様からの許しを得た者、
まだまだ幼い子供でなくては通れない。
彼ほどの大人では通れないし、入れるはずがない空間…の筈だのに。
謎の青年が後ろ向きなまま背中を当てた途端、
浅い灰色の板壁が砂を掻くように霞み始めて。
それとほぼ同時、
勘兵衛と大差無いほどの身の丈があった男性が、
しゅんという一瞬で その姿を消してしまったものだから。

 「え…っ。」

まずはと警戒の態勢を構えたそこから、
位置も姿勢も、集中も
そのレベルを変えぬままだったカンベエの傍ら、
一緒に成り行きを見ていた二人の幼子らが息を飲む。
だって、その代わりのようにそこへと姿を見せたのが、

 「にゃお♪」

大人でなくともその手のひらへと乗せてしまえそうなほど、
そりゃあ小さな、漆黒の毛並みの仔猫が一匹だったので。

 「これは……。」

この手妻のような現象へは、
さしもの もののふも意表を衝かれたか。
ここで初めて 刀の鯉口から手を浮かせ、
ここまで保っていた集中を、
ふっつと途切らせたカンベエ殿であったそうな。






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 *あああ、長かった。
  でもでも、これこれこうなんですよと言っただけで
  あっさり信用してもらえるような
  蓄積も証しもありませんし、
  頼みの綱の久蔵ちゃんも、
  子供の姿じゃあ色々と知らないまんまなので
  あんまり…というか、何の助けもならないし。(笑)
  カンベエ様の鋭い彗眼を誤魔化すなんて至難の技だけに。
  ホントを知ってもらうという格好で
  何とか出来て何よりです。(自分で言うかい・笑)


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